味の三平

2日前から風邪気味で、手足の指先が冷たい。東京との温度差が原因だろう。
用心していたはずなのに、定演を明日に控えてこんなようでは困る。

どうやら「衰運の星回り」に入っているような気がする。
占いとか気学といったものには全く知識も興味もないにかかわらず、ここ数ヶ月、そうとしか思えないような事ばかりが続く。

ジャンパーを着ても晩秋のビル風が冷たく、昼食を終えた直後なのに暖かいものが欲しくなる。
銀行で支払を済ませ、大丸藤井で紙・糊・紐の類を買い込んで4階へ。

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店は空いていて楽に座れた。ほどなく団体客がドバッと入って満杯となる。
約10年振りに「鉄火」を注文した。
何時からそうなったのか、辛さは「大中小」の3段階。
以前は「ほんのチョビット」から「10割ッ!」まで、微妙な注文が通用していた。
今は雌伏期だから「ホドホド・・・」と言ったら若い店員が一瞬怪訝な表情をしたので、口を尖らせて「チュウ! チュウ!」と言い直す。

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鉄火 (中) 850円

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「黒光り」と称したくなるほど、今日の麺は調子がいい。

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スープは底に沈んだ挽肉もろともドンブリを抱えて飲み干す。

辛さはそれほどでもなく、スープをじっくり味わうには適切な辛さ。
以前の10段階評価を用いれば3~4辺りか。
ならば「大」もかつての「10割」ほどの辛さではないと推定される。

今度『大』を水無しでヤッツケテやろうじゃないか、コンチクショウメ!
自信と誇りを取り戻せば衰運なんぞ自ずと去っていくものだ。

「三平」なら、そんなご利益があっても不思議ではない。

運転歴半世紀

父親が車を手放した。
70過ぎた頃から、「視力も衰えているんだから事故起こす前に卒業した方がいい」とそれとなく忠告していたわけだ。
1年半前に処分するような事をほのめかしていたが、「冬タイヤがまだ使える」という理由で車検を通し、昨年夏にスチールホイールが錆びたとかでアルミホイールを新調するなど、まだ当分乗り乗り続けそうな按配に見えた。
毎朝バアさんを勤め先のババ服専門店へ送る他は週末にスーパーに買い物へ行く程度で、月に200キロも走っていなかったと思う。

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丸目2灯のトヨペット・トヨエース ( PK20 )
ウチは曽祖父の代から網走で百姓をやっていて、最初の自家用車がこれ。
昔のアルバムに「農民運動会」か何かの時に撮影されたモノクロ写真があり、片隅に運転席部分のみ写っている。
私が物心付いた頃には丸目4灯式に買い換えられていた。
ジャガイモやビートを満載し、近くの集荷場まで何度か同乗させてくれた。
1972年に離農するまで活躍。

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トヨタ・コロナ(T40)1966年に中古で購入。
我が家最初の乗用車であると共に、私にとっても「車の原点」で、もしお金と駐車スペースがあれば、同色の同型車を入手したいと今でも思う。
3段コラムの1500cc、確かベンチシートではなかったか?
助手席で三角窓をいじるのが好きだった。
フェンダーミラーを握り締める4歳の私の写真が残っている。

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トヨタ・コロナ(T80)1970年に新車で購入、初めて見る丸いメータ類に心をときめかせたものだった。
「フォーン」という太い排気音が特徴で、夕方家の前でこの音を聞くと、「あぁ、帰ってきた」。
昔は排気音で「近所の誰某の車」だと判別可能だったよう思う。
結局この車は1978年まで乗り続け、故障が頻発したのと排ガス規制等で乗り換える事となる。

思春期だった私はスーパーカーブームを最後に車への興味を急速に失っていく。
父親はその後もトヨペット一筋で、この後コロナを2台買い替え、貰い事故でカムリの中古、数ヵ月後にまたしてもぶつけられてカローラの中古となり、そして昨日、半世紀に亘る運転歴を終えた。
当初査定ゼロだったのを粘って5万円で引取らせたらしい。

空になった父親専用の車庫には、網走時代から使っている「油差し」やら古くてゴツい工具箱やら、得体の知れないものが潜んでいる。
処分される前に一度見て、役に立ちそうなモノを譲ってもらおう。
遠からず、大切な形見となる。
2008年10月31日 | Comments(0) | Trackback(0) | 車関係

神田まつや

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会議(というか研修)が16時に終了し、再び神田へ向かう。
受付で「神田で3軒回ってきた」と話すと呆れ顔で見られ、「終わったら別の蕎麦屋で酒呑んでから帰る」と付け加えたら目を逸らして何も言わなくなった。
また随分とあからさまダナ。。。

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入店16時40分、18時頃にモノレールに乗れば帰りの飛行機に充分間に合う計算。

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相席が基本なのは知っていたが、まだ混んでいる風でもないので蕎麦前をやる。
明るいうちに飲む酒は堪えられない。
焼鳥と焼き海苔、そして燗酒(菊正宗)を注文。

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奥の焼き海苔は暗くて見えづらいが枚数が多い。
酒を頼むと蕎麦味噌がサービスで付く。おろしわさびも美味い。
白い徳利に白い猪口が、茶褐色テーブルで際立つ。

焼き鳥が運ばれる頃になると店内が急に混んできた。
酒のお代わりと、「もり」も頼んでおく。

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ここの焼鳥は串に刺さってないタイプ。
身は柔らかく、過去にこれほど鶏の旨みが濃いのを食べた記憶がない。
空港ロビーでジュースを飲むまでずっと舌に残っていたほどだ。
タレも鶏の風合いを邪魔せず、人気メニューである事に納得。

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もりそば (600円)
この量で庶民的な店であることが判る。大盛りにすれば1回分の食事に足りるだろう。
蕎麦は角が立ち、つけ汁の鹹さ加減もいい感じ。

他の客の会話から「池波正太郎」という言葉を2度ほど耳に挟んだ。
自分を含め、殆どが観光客と見受けられる。
常連さん達はもっと早い時間に来ているのだろう。

居心地の良い雰囲気にも味にもすっかり満足して会計を済ませる。

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「奇跡的に戦災を免れた旧連雀町界隈は、昭和初期の東京の風情を今なお色濃く留め・・・」

といった定型文を鵜呑みにしていると間違いなく失望する。
今や鉄筋の建物が9割以上を占めている。
せめてバブル前に訪れていればもっと違った印象を得られたのかも知れないが。
実際に食べたり飲んだりして老舗の佇まいに触れ、なおかつ想像力を膨らませなければ「古き良き東京」を感じ取るのは難しい。
2008年10月29日 | Comments(7) | Trackback(0) | 蕎麦・うどん

竹むら

会議場は増上寺の裏なので、13時までに浜松町駅に着けばいい。
時間潰しにもう1軒行ってもいいと思ったが、会議中に眠くなるようでは困る。
などと当てもなくブラブラしていると、「いかにも」といった古い建物。

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あんこう鍋の「いせ源」 。もちろん、見るだけに留めておく。
そして、真向かいには、

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老舗の甘味処「竹むら」
堂々たる3階建ては昭和5年創業当時そのままだそうだ。
ちなみにこの店も向かいの「いせ源」も、千代田区景観まちづくり重要物件に指定されている。
店内入り口付近にそれを示す盾のようなものが置いてあった。

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入って左側の座敷。
混んでいる時は2階の座敷に案内されるようだ。

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席につくと、綺麗な桜湯が供される。
甘くない物はないかと、品書きをひっくり返す。

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ところ天 (500円)
ほどなく、常連と思しき老夫婦が入店し、「田舎しるこ」をいうのを注文していた。

素直に「ぜんざい」にしておけば良かった。
ここまでやって来てカッコ付ける必要など全くないのだ。
2008年10月29日 | Comments(0) | Trackback(0) | 飲食

神田 やぶそば

「栄屋ミルクホール」を出たのが11時半過ぎ。時間に余裕があるので須田町を散策する。
この日の最高気温は20度で、歩いていると汗ばむほど。
日差しは柔らかいものの、空気の匂いが9月中旬の札幌を思い出させる。

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至る場所でこの案内板を見かける。ボーイスカウトの目印よろしくコレを見て歩けば目的地に辿り着くという寸法。
須田町界隈は思っていたより狭く、昔の建物が残存する区域を一通り回ったとしても5分とかからない。

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神田やぶそば の外観。関東大震災の後に建て直したそうだ。
門の前にピカピカのトヨタ・センチュリーが2台並んでいたりして敷居が高そうに思えたが、入ってみると決してそういった風でもない。

現在の店主は4代目。以下、店のHPから引用させてもらう。

『明治13年(1880年)創業のかんだやぶそばは、幕末の名舗『団子坂蔦屋』(後に藪蕎麦)の淡路町店を堀田七兵衛が譲り受けて営業を始め、明治時代後期に団子坂本店が廃業して藪蕎麦本店の看板を受け継ぎ今日に至っております・・・』

開店直後にして既に満員、唯一空いていた2人掛けテーブルに案内される。
客が注文した品を花番が「せーろーでーす」などと抑揚を廃したイントネーションで厨房に伝えるのが面白く、それが風流な店のしつらえに実に良く似合っている。

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せいろうそば (700円)
鹹いツユと少ない蕎麦は「藪」の特徴。といっても他には「並木の藪」しか知らないのだが。
味わって食べても1分と保たない。

4代目と女将が鎮座する会計で支払を済ませて出ようとしたら店員に呼び止められた。

「蕎麦湯をお出しするのが遅れてしまい、誠に申し訳ございません」と。
言われて見ればそうだった。異空間に翻弄されてそんな事、気付きもしなかった。
何度も丁重に謝られ、水のお替りまで出されて逆にこっちが恐縮する始末。
所作の端々まで店員の教育が実に行き届いている。
「ありがと~~ぞんじま~~す」の声があちこちで聞こえる。
割りツユをじっくり味わい、係りの店員に丁重に礼を述べて店を出た。

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途中で見た立食いそば屋。大門でも同じ看板を見たのでチェーン店なのだろう。
かけそば250円、ラーメン400円。12時前なのに既に満員。

2008年10月29日 | Comments(2) | Trackback(0) | 蕎麦・うどん

栄屋ミルクホール

東京出張。
午後からの会議なので宿泊代が出るだろうと、宿と翌日の航空券を手配済みだったのが、後になって「16時終了なので日帰り扱い」という事が判り、チケット取消し及び変更料6,120円を損した。
そのまま1泊しても良かったのだが月末は忙しい。
航空券の改札がQRコード読取式になっていたり、検問でカッターナイフを没収されたりと、4年も飛行機に乗っていないと戸惑う事もある。

日帰りなのであちこち回る訳には行かず、今回は神田近辺に的を絞る事にした。
浜松町で山手線に乗り換え、11過ぎに神田駅着。
プリントアウトした地図を見ながら歩いているうちに迷子になりかけたので、鞄屋の主人に多町の場所を尋ねると、一呼吸置いて「吉野家から左っ!」と言われた。
方向を差す腕の動きもキマっていたので毎度の事なのだろう。

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靖国通りから細い通り入って間もなく目的の店を発見。
「ミルクホール」というのは大正から昭和初期に流行った女給のいる喫茶店の通称だったらしい。
店には上品な身なりをしたオバチャンと厨房にご主人。
ラーメンを注文したら1m先の主人に、「そばッ!」と威勢のよい一言。

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恐らく戦前のものと思われる建物は昔からそのままのように見える。
3分後、丼が運ばれてきた。

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ラーメン(590円)
あくまでも薄口で、鶏ガラに野菜の甘みがほのかに漂うオーソドックスなスープ。

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このストレート麺は「マルタイ棒ラーメン」を彷彿とさせる、と書いたら変か?
脂が覆っていないのに、飲み干すまでスープは熱かった。
「タンメン」に心を惹かれつつ、店を出る。

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裏の居酒屋。
「鬼平」に登場するの若い同心、木村忠吾の愛称。
この界隈ならこんなネーミングもすんなり溶け込む。

喰い過ぎがもたらした不調

10月26日。
14時より20時まで、石狩市の学校音楽室で実質最後の合奏。
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あとは本番前夜にキタラのリハーサル室、そして当日ステージでゲネプロを残すのみ。
前週の合宿で根詰めた所為かどうか、全体的に集中力がイマイチのようである。
ただし、皆さんは本番までにベストの状態に持って行く術を心得ているらしく、危機感のようなものはさほど感じられなかった。

いっぽう、私は金・土と2晩酒を抜き、充分睡眠を取って万全の態勢で臨んだわけだが、昼に喰い過ぎた のが祟って心身ともに散々だった。
満腹で集中力が失せ、入る箇所を落としたり普通に吹ける部分を間違えたりする。

メンタルな部分が原因なら酒でも飲んで気持ちを切替えればいい。
休憩時間に上唇がやけに熱っぽいので触ってみたら腫れていた。
満腹で深くブレスが取れず、無理して音を出そうとマウスピースに余計な圧をかけてしまったようだ。
口先で誤魔化すのは禁物だと理屈では解っているのに無意識にやってしまった。
“たかが3玉”と油断していたのだろう。
情けないけど “されど3玉”
ちょっとした油断や過信が後々まで累を及ぼす事を思い知らされた。

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とかなんとか書いたが、少しでも吹かねば。
一夜明けても唇の腫れが引いていないので高音を出すのを避け、ロングトーンとスラーだけやって後はサボる。
2008年10月27日 | Comments(0) | Trackback(0) | 吹奏楽

ラーメンさんぱち

今日は長女の学習発表会。
昔は「学芸会」って呼んでいなかったっけ?
上履きを用意し、歩いて学校へ向かう。

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5年生の出し物は「みつばちマーヤの冒険」
娘が喋る部分のみ撮影し、ストーリーがイマイチつかめないまま劇が終了。
「ビビデバビデブー」のメロディを木琴で演奏すると聞いていたのだが、妻も私も聴いていない。

昼食は当初家族全員で回転寿司にでも行こうという予定だった。でも歩いて行くには遠く、こんな日はどの店も混雑が予想されるので近場の「さんぱち」にした。

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ばあさんが斥候役を引き受けて先に小上り席を確保する。
私は午後からバンドの練習を控え、夜21時過ぎに帰宅するまで晩飯を食べられないのでライスも注文するつもりでいたのだが。

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来る度に新しい事をやっている。通常メニューとは別にそれぞれ「新○○ラーメン」をメニューに載せるなど、客のニーズに敏感な姿勢を見せるのはいい事だと思う。

麺3玉ぐらいなら普通に食べられるし、2杯食べると思えば割安になるので「塩」を頼む事にした。
すると「飽きるんじゃない?」という妻の一言に意味もなく納得してしまい、「味噌」に変更。
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次女も瞠目するこのサイズ(合成デス)。
「○分以内に完食したらタダ」という世界だった事に気付かされる。
検索で引っ掛かると恥かしいのでメニュー名は書かないでおく。

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通常ドンブリとの比較。

麺は固めにしてもらったので美味しく食べられたが叉焼が意外と堪える。
味噌なので野菜の分量も多い。妻の進言に安易に従うんじゃなかった。
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スープは残す。野菜も底に堆積している。
あ~あ、マタやっちまったな~という感じだ。

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お土産は勿論、人数分貰って帰る。

札幌コンベンションセンター

昨日より、全国規模の大会が11年振りに札幌で開催されている。
運営要員として、今日は分科会場の「札幌コンベンションセンター」。
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正面入口のナナカマドと東側通路。
周囲を見渡すと、高層マンションに混じって大手物流会社の倉庫がいくつも残っており、貨物ターミナル時代の名残を充分にとどめている。
窓からは『かね彦』の工場が見える。
営業マンの頃は抜け道として重宝していたのに、この近辺の情景の記憶がない。
旧東札幌駅の建物群は昭和61年に廃止された後もしばらく残っていたはずだが。
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ホールの壇上脇、パーティションの陰で私は照明係りを担当。
「研究発表」は20分で、それが切れ目なく続くものだから結構忙しかった。
それでも昼過ぎの特別講演は1時間だったので、頃合を見計らって施設内にある『テラスレストランSORA』に行く。
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昔風ラーメン(醤油味)
ラーメンメニューはこれ1種類のみ。
ナルトやほうれん草は入ってなく、昼下がりのガランとした店内で薄口スープとボソついた麺を啜るサマは晩秋の風情にピッタリだ。
これでいいんだ。 これで。
しかし、角煮は特別に美味かった。
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シナモン系の隠し味が芳しく脂身もウフフッ。
箸袋にも「札幌グランドホテル」と印刷されているものだから、もう「昔風の定義」なんてどうでもイイヤ、と思わせてくれた。
750円也

「来週雪降るようだ」という噂話を耳に挟みつつ、仕事を終えて地下鉄へ向かう。
そろそろタイヤ交換の時期か。。。
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ラストメロン(Past Summer Souvenirs)

夕食の支度をしている妻から唐突に「メロン食べる?」と訊かれた。
今時期、一体何処からメロンが出てくるんだ? という感じ。
土日に実家へ里帰りした際、らいでんメロンの出面取りをしていた近所のオバチャンからのおすそ分け。
今年の最終出荷分らしい。

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水密、スイカ、メロン、葡萄、梨と巡って早や柿と蜜柑の季節。
熟れてピリピリするような香気はなく、身はかなり固い。
かといって青臭い未熟さも感じられず、上品で新鮮な風味といったところ。
時期が違うとこんな美味しさもあるんだ。

妻はメロンが大の苦手で、切っているだけで目がムズムズすると言う。
だから、貰ってきた缶ビールは全て妻が飲み干す事になる。

食後の次女が優に1切分を超す量を腹に収め、長女が隣で食べ始めたのを見て必死の捕食行動に出た。

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餌を求める雛の如し。こんな真剣な表情を見るのも珍しい。

それにしても見覚えあるなぁ~、この顔。
以前の日記に出してたっけ。
コレだ!

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3年後の次女を予感させる。





2008年10月21日 | Comments(4) | Trackback(0) | 飲食

強化合宿 2008

本番を2週間後に控え、恒例の強化合宿が行われた。
飲み会に参加すると翌日が辛く、家から40分の場所なので練習だけ参加する予定でいた。

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リュックを背負ってお出かけの準備の次女。
妻子は実家に行く。帰って1人というのも何なので泊る事にした。

今回の会場は円山西町の山中にある「産業技術教育訓練センター」
風呂も広いしカップ麺やビールの自販もあったりして環境は抜群。

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14時合奏開始。
仕事や他楽団の本番などが重なって人員が揃わぬ中、最も危ないバーンズの交響曲を重点的に練習。

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土曜日の夕食。ちなみに1泊3食付で6,500円。
こういう時は遠慮せずご飯をお替りする。
この後、21時まで合奏。

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反省会その1

帰宅組はジュースを飲み、1人、また1人と帰ってゆく。
30代の男性団員が1人もいないというのはどう考えてもイビツだ。
女性は10代から50代まで割とバランス良く分布しているのだが。

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反省会その2。
既に零時を過ぎている。
宿泊組が3時過ぎまで怪気炎を上げる。
長老ユーフォ吹きが宴会場の隅で布団を敷いて寝ようとしたり、一旦ベッドに入ってから突如部屋を替えさせられたりしているうちにやがて静かになる。
結局、深夜に買い足した500缶ビール20数本は全て消費したらしい。

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叩き起こされて朝食を食べ、ギリギリまで熟睡して9時より合奏開始。
唇が浮腫んで音が出ないのを無理して吹く。

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今回はファゴット奏者が足りないので札響の夏山さんに応援をお願いした。
画像中央はコントラファゴットで、通常のファゴットよりも1オクターヴ低い。
さすがはプロ奏者、音の出方がまるで違う。

15時半頃に合奏を終えて帰宅。
20時過ぎから今朝まで昏々と眠り続けた。

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いつも同じ画像だが、本日の昼錬。
土曜の不摂生が祟って唇の端にオデキを作ってしまった。
臨時記号で指が回らない箇所にバルブ番号を書いて対処する事にした。
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※ 類似記事

強化合宿2005
強化合宿2006
強化合宿2007



2008年10月20日 | Comments(3) | Trackback(0) | 吹奏楽

ドライブイン かなや

10月17日。

早目に仕事が終わったので、明るいうちに函館を出発した。
定宿のチェックイン時にフロントの人と「かにめし」の話をした際、「かなやはラーメンも美味い」という情報を得た。
「何味が?」
「ラーメンは1種類だけだったはず」
という事だったので寄ってみる。

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中に入るといきなり「ラーメンコーナー」という看板があってメニューがズラリ。
以前来た時にも色々あったのを思い出す。
「食券はいいですよ~、こちらで精算しますので~」と言う勘定方のオバサンに誘引され、代金を支払って食堂に入る。
昼間は団体客で大混雑する大食堂は軽く100名は収容出来そうで、もうすぐ閉店というマッタリ感が心地よい。
壁を背にし、出入り口を見渡せる席を求める。
携帯圏内に乗じて彦次郎の吹き矢がいつ飛んで来ないとも限らない。

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不吉な番号と言ってしまうと「13」に失礼だ。
入り口上のメニュー表を見てラーメンを数えると奇しくも「13種類」あった。

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塩ラーメン(650円)
麺が固めに茹で上げられているのが嬉しい。
塩味がやや強めでひたすらアッサリした塩ラーメンだった。
あと2時間半、夜道を走るのでスープは残す。
グリンが10点取られて交代した頃に家の近くの給油所で満タンにする。
無給油往復で燃費は14.5キロ。省燃費運転に徹したお陰で記録を更新した。
2008年10月18日 | Comments(0) | Trackback(0) | ラーメン 道南

エビス軒の塩、滋養軒のチャーハン

明日の仕事は夕方に終わるのでもう1泊したいところだが、土日がバンドの強化合宿なのでのんびりしていられない。
年内最後の函館、散歩がてら徒歩圏内を「ハシゴ」してみる。

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最初は松風町の「エビス軒」。
創業昭和4年、函館市内にあって札幌ラーメンを標榜する貴重な店。

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塩チャーシュー麺(900円)
cartman氏の勧めもあってチャーシュー麺にした。
ちなみに普通の塩ラーメンは650円。
「糸末」を彷彿とさせるという記事を最近見たが、強火で炒めた野菜に上湯を加えた風味はむしろ「三平」のほうに近いような気がする。

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麺は太めで柔らかく、表層の油を除いて味わうスープは「函館らしさ」を感ずる。
特筆すべきはチャーシューで、見るからに美しく、こんな旨い脂身を味わうのは久し振りだ。

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「函館に来て札幌ラーメンなんて…」とずっと敬遠していたのだが、愚かな事をしていたものだと後悔。

アーケード街から1本北側の道を歩く。

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同じく松風町の「滋養軒」。
2年前に来た時は塩ラーメンが450円だったが50円の値上げ。それでも安い。
明るく清潔な店内が清々しい気分にさせてくれる。

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チャーハン(550円)。
もし空腹ならこれに塩ラーメンと餃子を加えてみたい。

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くどくなくて美味しいチャーハンだった。

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「杉の子」前にて。
風情を醸す柳の老木も今年はこれで見納め。
2008年10月16日 | Comments(7) | Trackback(0) | ラーメン 道南

丸南本店081015

10月15日。
14時前に定宿へ着いた。
旅装を解いて楽器の練習を1時間ほどこなし、2時間ほど仮眠し、風呂に入る。

降水確率10%、クローゼットに掛けてある道中合羽と塗笠は使わずに済みそうだ。
藁草履を履き、懐中に財布とデジカメがあるのを確認してから宿を出た。

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いざという時に備え、衿の裏に長さ三寸の仕掛け針を3本、忍ばせてある。
私の風貌を見て土方歳三と勘違いした刺客が不意に切り付けてこないとも限らぬ。
フィクションだから何とでも書ける。妻は私の事を「駝鳥」そっくりだと言う。

果たして、宿を出て間もなく尾行者の気配を感じた。1人か?いや2人だ。
彦次郎は表稼業のふさ楊枝作りに精を出しており、梅安は井筒の離れ部屋でおもんと一緒にいるに違いないから、わざわざ江戸から函館まで追ってくる筈がない。

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信号へ向かう歩みを止め、甘太郎の前で国道を一気に横切った。
サンクスへ駆け込み、豆腐が売られているのを確認しつつ横目で国道の向こうを見やると人影が2つ。 女だ。
1人はラピのフトッチョバーガーを持ち、もう1人はラーメンさんぱちの棒アイスを夜空に高々と掲げている。
「意図が知れぬ・・・」と疑念を抱きつつ再び見ると、人影は忽然と消えた。
どうやら幻影だったようだ。 (泥酔につき、昨晩書いたのはここまで)

プラージュ横の通路をすり抜けて裏通りへ出ると人影が絶える。

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このもっきり屋で一杯引っ掛けてからラーメンを食べる積りで入ろうとしたら超満員。

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普段ならまだ仕事をしている時間だが、全くいい気なもんだ。

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店の奥さんと世間話に興じながら飲んで食う。

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今回初めて注文した「天抜き」 (700円)。
海老天か掻き揚げのどちらかを択べる。
天蕎麦から麺を抜いたという意だが、酒肴なのでツユの量は少なめ。
何故か鶏のダシが香る。
イカと海老の歯触りが良く、隠し味の大葉が程良く、これだけで2杯飲める。

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4代目店主、どうやら初めて注文した事をお見通しだったらしい。
代々伝わる黒い器はその証と見た。

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他に客がいないのを幸いに、長っ尻になってしまった。

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酔った勢いで、店の奥さんに携帯待受けの次女の写真を見せた筈だ。
「可愛い」と言わせたいが為に。ああ~恥かしい。

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5杯飲んだので頭が痺れる。
少し早いが「良いお年を」と礼を述べて店を出た。
もう「仕掛け針」の事などすっかり忘れ去り、サンクスで豆腐を買って定宿に戻る。
コメント2件返すのに1時間以上かかる始末。


2008年10月16日 | Comments(10) | Trackback(0) | 丸南本店

横手商店

函館は前回で終わりのはずだったのが、2泊の出張が先月決まった。
今日は仕事がなく、泊るだけなのでやや遅めに出発する。
長万部の海岸線に入った途端、叩き付けるような豪雨に見舞われた。
久し振りに長万部で昼食。今回はあんかけ焼きそばではなく「かにめし」。

国道沿いで「かにめし」を食べさせる店は5~6軒あるそうだが、今まで「かなや」しか行った事がない。
割と好物なのだが、値段の高さが仇となってつい行きそびれる。

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かなやの斜め向かいにある「横手商店」
販売しかやっていないように見える小さな店だが、奥に4~5坪ほどの食堂がある。
車を降りると奥さんが表戸を開ける。
「いらっしゃいませ」。
「ここ、かにめし食べさせてくれるんだよね?」
「ハイどうぞ」
「ゴメン、トイレ貸してぇ~!」


奥の食堂で待つ。
テレビのニュースは毒入り冷凍インゲンの話題で持ちきり。
雑誌類は置いていない。

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「かにめし」 税込み1,000円
のり佃煮と柴漬けが付く。
皿に盛られているので、スプーンのほうが食べ易そうな気がする。
かなり薄味で、箸が進む。

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インスタント味噌汁に茹で毛ガニの足が1本。ダシを取ったようでもなく、ちゃんとカニの味がした。
ところで、かにめしの具は、カニの身だけではない。
眼鏡を外して観察すると、筍の千切りだった。レシピは他の店も同じかと思う。

長万部といえば「かにめし」。
多くの観光客が楽しみにし、食べて満足するのだろうが、ツアー料金に含まれている場合は別として、次に訪れた時に又食べたいと思う値段なのかどうか?
私は当分食べなくてもいいかな、と感じた。

2008年10月15日 | Comments(10) | Trackback(0) | 飲食

大倉山シャンツェ

10月13日。
暑いほどの陽気だったので午前中に円山動物園に向かうも、駐車場が一杯で何時入れるのか見当が付かない。
早々と諦めて大倉山に向かった。過去記事

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恐らく道内最大級の急勾配エスカレータ。
山の上だから幾分涼しいかと期待していたが、暑い。

丁度お昼時だったので売店2階のレストランの案内を見ると焼肉屋。
昼から焼肉はキツいので、向かいの喫茶コーナーで軽く済ませた。

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私は出発前に乾蕎麦200gを茹でて食たのでツマミ喰い程度。

ミュージアムの入館料は大人1人600円。
疑似体験施設が一部故障しているとの事で540円。
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ボブスレー2種。下は道内1号機だそうで、ドイツから持帰った写真のみを参考に作成したそうだ。
遊戯施設で一通り遊んで外に出ると、台湾や大阪のツアー客がゾロゾロやって来て、大声出して片っ端から展望台リフトに乗り込んだので頂上へ行くのは断念。

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芝生で遊ばせてから帰宅した。


2008年10月14日 | Comments(2) | Trackback(0) | 家庭

ストレートミュート試作(2)

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10月12日の合奏風景。14~20時まで通し練習。
合奏の時間が個々人の努力タイムになってしまっているのが現状だが、難しい部分も揃うようになり、本番に向けて何となくメドが立ってきたような感触。
ユーフォパートで奥の2人がミュートを装着して構えたのでデジカメを構えると、
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不意に邪魔が入る。
昔からこういう人だ。癪なので変顔に修正してあげた。

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ミュートを装着して演奏するユーフォニアムの画像はかなり珍しいと思われる。

休憩時間にミュートを1本借りて自作物と合わせてみるとサイズはピッタリ。
コルクを仮付けしたのを差し込んで吹いてみたら、

ぷぅう~、ぷぅう~・・・。
などと、全音域が調子外れで、特にFの音は完全に1音上がるという有様。

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要するに、柔らかい上蓋が太鼓の皮のように共鳴していたのだった。
ジグソーでベニヤを丸くカットしようと昨日、物置を物色していると、

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植木鉢を乗せる皿が目に留まったので、試しに重ねてみると、

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なんとピッタリ!
ガムテープで固定して吹いてみたら、今度は共鳴せずに正しい音程で鳴ってくれた。

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接着面にボンドをたっぷり塗って再び養生。
ここまで来たら完成間近。
2008年10月14日 | Comments(0) | Trackback(0) | 吹奏楽

熱麦

暑い盛りにキリッと締めた冷麦は最高だが、寒くなってくると暖かいのを食べたくなる。

元々はうどんより細いのを「切麦」といい、それぞれ「冷麦」と「熱麦」と称されていたようだが「熱麦」という呼び名は廃れてしまったそうな。

袋に「冷麦」と書いてあっても製法は一緒だから、どちらにしようと問題はない。
3~5玉入りの「冷やしラーメン用」という商品も、売る側の理屈なのだと思う。
「つけ麺」をメニューに出している一部のラーメン店となれば話は別になろうが。

うどんも蕎麦も、熱いのを食べる時でも一度冷水に晒してから再び熱湯に潜らせると表面のぬめりが取れて自分好みになる。
でも家の台所で一度に4~5人分作るとなれば手間がかかるので省く事が多くなってしまった。

「つゆ」は花かつをでダシを取ったものに「鶏もも肉」を加えてじっくり煮込む。
「胸肉」よりも良くだしが出るようだ。
皮はフライパンで焼き、脂をつゆに加える。
残ったカリカリの皮は引き上げた花かつをに混ぜ込み、醤油を垂らして食う。
鶏肉と一緒に煮込む具は長ネギと揚げ。

鰹だしさえ効いていれば、少々しょっぱい位が自分には丁度良い。

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昨日の昼食。この日は珍しくつゆ加減がバッチリ決まった。

ちなみに妻が作る時は玉葱と人参をたっぷり煮込む。
70代の義父母と1歳の次女に配慮した薄甘口。
こちらも美味い。

ストレートミュート試作(1)

昨年11月、ユーフォニアム用のミュートを作った。
詳しくは旧ブログの「工作・修理」で。

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昨年の作品。前回の定演は「キタラ」でこのミュートを使うのが誇らしかった。
しかし、今回は恥かしいと思う気持ちのほうが上回っている。

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今回お手本とするNEW STONE LINEDのミュート。
寸法が45×145×445。 サイズも合わせる予定。

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材料は通常サイズのカラーコーン。
ホーマックなどで1個298円の柔らかいタイプ。
寸法を合わせるには切り込みを入れなければならず、そうなると円錐形に保つのが難しい。それをどうするかが今回の課題で、あれこれ考えているうちに解決の目処がついたので作業開始。

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トップとエンド部分は百均で見つける。今回の予算は1,500円以内。
NEW STONE LINEDの製品は1万程度で買えちゃうので、金を掛けすぎると自作の沽券に関わる。

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縦に切り込みを入れ、上下の直径を決めて余った部分をカット。
高さもオリジナルに合わせてカット。
切り込みを入れておくとスルスル裂けるので作業が楽だ。

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切断面同士がピッタリ合うように調整し、1個目完成。
この後、同じサイズの物をもう1つ作る。

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このように、切断面を向かい合わせにして重ねるとほぼ完全な円錐形となり、強度も増す。

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接着にシーリング剤を使う。ボンドよりも安い。
中途半端だと共鳴してビビリ音が発生するのでタップリと。

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トップにもネッコリ盛っておく。

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上から体重をかけて圧着し、乾くまで養生。
鳥羽一郎さんには悪いがしばらく我慢してもらおう。

続く。
2008年10月12日 | Comments(0) | Trackback(0) | 吹奏楽

バラの謝肉祭

吹奏楽の話が続く。

練習しても一向に上達しない曲の難しい部分が頭の中で鳴っている。
職場で絶望感に打ちひしがれながら吹き、通勤の車中で始終聴いているから当然か。
でも、頭の中である程度反芻出来るようになるというのは悪くない事だ。

ところで、定演まで残り3週間。

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6月頃に、今回演奏するサンプルCDを車中で聴き続けているのだが、その中で即座に胸キュンとなってしまった曲がある。 メインはさておき、

序曲「バラの謝肉祭」/J.オリヴァドーティ(Carnival Roses/J.Olivadoti)

もう、もう~、出張の移動中にリピート設定して際限なく聴いた。

ベテランのみならず、B~C編成のスクールバンドではお馴染みの曲。
1947年にスクールバンド向けに書かれた平易な曲ながら、儚さ、力強さ、軽快さ、そして艶っぽく・・・、その多彩な曲展開は6分半という時間の長さを全く感じさせない名曲だ。
この曲を聴き始めた頃はヴェルディか誰かのアレンジ物じゃないかと勘違いしてしまったほど、古典的な雰囲気に満ち溢れている。

今の自分にとって、誰もが親しみ易く、心が洗われるような清らかさを湛えたこうした名曲を、実際に演奏出来る幸せ、まさしくこれに尽きる。

作曲者のジョゼフ・オリヴァドーティ(Olivadoti,Joseph)は1893年にイタリアで生まれ1911年に渡米。
プロのオーボエ奏者として各地の吹奏楽団・オーケストラで演奏活動を続ける傍ら作曲も手がけ、多くの吹奏楽作品を残した(1977年歿)。
2008年10月09日 | Comments(11) | Trackback(0) | 吹奏楽

早出特訓開始

昼練の成果が思わしくない。
ダイエット中の停滞期と似たようなもの、と思いたいところだが、運指にしろ音にしろ、お話にならない状態が続いており、昨年と違って「伸びる」兆候がない。
このままでは間違いなく淘汰されるだろう。
本当にヤバい状況なので、今週から仕事前にも練習する事にした。

娘達が早起きしてくれるお陰で(前の晩呑んでいなければ)私も7時頃には起床する。
コーヒーを淹れてパソコンに向かう程度の余裕は確保しておく。

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始業1時間前より朝練開始。

何と言ってもJ.バーンズ/交響曲第3番がダメだ。
暗譜する位の意気込みで臨まないとモノにならないんじゃないかと思う。
2008年10月08日 | Comments(2) | Trackback(0) | 吹奏楽

合同演奏会

昨晩呑まなかったので7時起床。
寝冷え気味で背中が張っているので、中山式快癒器を当てて刺激する。

本日はコチラで書いた演奏会の本番。
集合は10時となっていたが、早目に行って練習したいので8時に家を出る。
学校の至近にコンビニがあり9時前に到着したので、

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学校駐車場にて。 楽器を吹くと腹が減る。
演奏会に合わせてバザーをやるそうで、お母さん達の車が次々と。
食べているところ少なくとも3人にしっかり見られている。
朝から車の中で、演奏会の正装姿でカップ麺を啜っているオッサンを見てどう思ったのだろう。

水のみ場でうがいをし、廊下を歩いていると中学生部員達が吹く音がアチコチから聞こえてくる。
1番最初に控え室に入り、曲をさらっているとポツリポツリと団員がやって来た。

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10時半からリハーサルをし、昼食休憩。飲み物とおにぎりの差し入れ。
食後のデザート用にバザーで「たこ焼き」を買う(紙コップに5個で80円也)。

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「第1部」の風景。部員の家族や中学生らで体育館は満杯。
この後、「第2部」がウチらのバンドの出番。
更に、ポップスの「第3部」の途中でウチらが中途参加して100名近くの大編成で演奏。
演奏中にデジカメ構えるわけにはいかないので画像は省略。

本命の中学吹奏楽部としては、この演奏会が3年生にとって最後となる。
最後の曲が終わり、3年生が全員ステージ前に並び、先生から1人ずつ花束を手渡される。
ここでサプライズ。
お世話になった先生に合唱で歌を送った。
後輩達も知らなかったらしく、夜の公園にみんなで集まって練習したんだとか。
ピアノ伴奏の合唱はハーモニーもピッタリで実に感動的だった。

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ホルンの「五右衛門」が豪胆にもステージから撮った1枚。
18時過ぎにミクシィでアップしていたのを目敏く見つけて拝借。
手前の黒光りに気を取られちゃイケマセン、もっと前に立っているのが3年生。
座る位置って大体決まっているから、五右衛門も意図していたわけではない。

この後、バンド有志による飲み会が予定されていて、誘われたが珍しくも断った。
いくら酒が好きだって、現状では美味い酒が飲める筈がないのだ。
「アンタ自身の問題だろう?」と言われてしまえばそれまで。

宅呑みでじっくり策を練ろう。
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2008年10月05日 | Comments(2) | Trackback(0) | 吹奏楽

東月寒公園

穏やかな小春日和だったので次女とお散歩。
近くの公園に向かう。

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近所といっても数百メートルあるので1歳児にとってはかなりの距離になる。
表に出るのが嬉しいらしく、こっちが早歩きするとピョンピョン走ってついてくる。

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東月寒公園は昔「黒沢の山」と呼ばれていて、冬になるとスキーとボブスレーを滑る子供たちで賑わっていた。
遠くに百年記念塔が見え、手前でSLが煙を吐いて通過するというかつての情景がウソのよう。
近年になって立派な水遊び場が出来、遊具施設も充実しているので幼児を連れた若い母親の姿が目立つ。
遊具置き場では近所の保育園児が10数名遊んでいたので混ぜてもらう。

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滑り台やシーソーが空かないので、高台へ向かうと犬の放し飼い。
誰もいないなら、フンの後始末さえやってくれれば文句を言う筋合いではない。
でもすぐ近くに行っても放置したままだったのでヤンワリと注意を促した。
「ここ、放し飼いダメなんだよね?」
「…ハイ・・・」
開き直りもせず、無言で荷物をまとめ、ほどなく立ち去った。

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後姿を見て、悪い事しちゃったかな~? と思ったが、犬に遠慮する事はない。

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先日、ある人から言われた。「見る度に顔が丸くなってない?」
食事が終わってからヨーグルト、そして果物と、確かに食べ過ぎかもしれない。

一緒に遊んでから急斜面を降りる。

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帰路。少々歩き疲れたらしく、前に回りこんで行く手を阻むのは抱っこのサイン。
長女もそうだったが、成長曲線は標準の上限を超えていないので肥満体ではない。
でもズッシリと重い。トシ取った証拠だ。

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2008年10月04日 | Comments(8) | Trackback(0) | 家庭

OH~ デラックス !

FC2ブログにyoutubeのアップロードツールがあったなんて知らなかった。
人がアップしたのを流用するのは気が引けるが、まあ許してもらおう。

※ 2009年に出来なくなったようなので、リンク貼りました。

小学校に入学するまでの昭和40年代前半、8時に寝る子供が昼間ラジオで聴き覚えた歌謡曲で記憶に残っているのはなぜか女性歌手ばかりで、男性アイドルといえばせいぜい「にしきのあきら」ぐらいだったと思う。「尾崎紀世彦」や「由紀さおり」も印象深いけれど、アイドルではない。
「新御三家」や「中3トリオ」が現れる前の数年間、若い歌手の歌い回しは演歌と通じていて、今にして思えば歌謡界が大きな転換期を迎えていたことが容易に理解出来る。
ピンキーとキラーズの「恋の季節」、日吉ミミの「男と女のお話」、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」etc・・・。

この手の話になるとキリがないので、先ずは じゅん&ネネの「愛するってこわい」 から。

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じゅん&ネネ 愛するってこわい

歌詞もメロディも殆んど覚えていないのに何故アップしたのかと言うと、村の慰安旅行で帰りのバスの中でマイクを持たされ、全曲歌い切ったという記憶による。
昭和43年なので4歳だ。農家だったので収穫が一段落した10月下旬頃だったのだろう。とにかく恥かしかったという事しか覚えていない。旅行で行った先も記憶にない。
ボーイッシュで動きの激しい「じゅん」のほうが好きだったような気がする。
先週のテレビ番組で久し振りに見た。
当時の面影を留めていたのが嬉しかった。
現在も音楽活動を続けているようだ。 公式WEB

次は、歌詞は覚えていないけれど、当時やたらサビのメロディが浮かんだ曲。
“あなたに抱かれてわったっしぃわぁ蝶になぁるぅ~”
そう、森山加代子の「白い蝶のサンバ」

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森山加代子 白い蝶のサンバ

リアルタイムの森山加代子はこの曲しか知らない。
10年ほど前にラジオの音楽番組に関わるようになってから、かつてカヴァーポップスのアイドルだったという事を知ったが、60年代前半のレコードジャケットでの幼い彼女のイメージしか知らない私は、この動画を見てすっかり“参って”しまった。
この曲がヒットしたのは昭和45年で当時彼女は28歳。
妖艶さという点では奥村チヨに一歩譲るが、「白い蝶のサンバ」は絶対名曲だ。

次は ちあきなおみの「四つのお願い」
こちらも昭和45年のヒットで「白い・・・」と交互に口ずさんでいた記憶がある。

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ちあきなおみ 四つのお願い

本人がこの曲を歌っているのを当時見た記憶がなく、47年の「喝采」の人と同一人物だったと知ったのはかなり後になってから。
改めて彼女の歌に耳を傾けると、やはり凄い歌い手なんだな~と実感する。
活動を休止して早や16年。周囲がアレコレ騒いでも復活はしないだろう。
星影の小径を聴いて我慢しよう。

忘れていた。朱里エイコを外すわけには行かない。
代表曲「北国行きで」の印象は薄い。なぜか麻生ようこの「逃避行」と被る。
個人的にはやはり「恋の衝撃」にトドメを刺す。

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朱里エイコ 恋の衝撃

なぜか母親の実家で従兄弟と一緒に見た時の記憶が鮮烈だ。
番組は「紅白歌のベストテン」だったと思う。
美脚が平凡なルックスをカバーしていた。
アメリカのショービジネスで成功した本物のエンターティナーだなんて当時は知る由もない。
7~8年前、「あの人は今…」みたいな番組で見た時には別人のような変貌ぶりに戸惑ってしまった。
惜しくも4年前に亡くなった。類稀なる実力とは裏腹に、看取る人すらいないという寂しい最期だったそうである。

さて、最後は渚ゆう子
20代の時に古レコード屋で「京都慕情」のEPを入手した事がある。
アップテンポの「京都の恋」を探しても見付からなかったので仕方なく、という理由で、購入価格は400円だったと思う。

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渚ゆう子 京都の恋

今、こうして好きな時に動画で楽しめるのだから本当に便利な世の中になったものだと思う。
彼女は度々テレビに出ていて、元々濃い顔立ちなのでオバサン度の進行が早いものの、歌声は往時のレベルを維持している。
当時25歳、この落ち着きと色香は今の女性にはないものだ。
2008年10月04日 | Comments(10) | Trackback(0) | 音楽

第一合同庁舎

クールビズが終わり、約3ヶ月ぶりにネクタイを締めた。
会議等で一時的に着用する事はあったけれども1日中だとやはり窮屈だ。
「気が引き締まる」のではなく、そのまんま「首が締め付けられる」感じ。
necktieの"tie"は"tight"の略かと思って調べたら「結ぶ」という意味。
大した違いはないだろうけど。
今までの丁度半分、22年間もコレと付き合ってきた事になる。

さて、昨日は午後から第一合庁(北8西2)で会議があり、ここはいつも駐車場が混雑しているので弁当のおにぎり1個を食べてすぐに車で創成川沿いを北進する。
相変わらず工事は続いているが一時よりも車の流れは良くなったようだ。

早朝に画像だけ載せたままだったので前置きが重くなってしまった。

順番待ちせずに駐車場に車を停め、そのまま地下へ非常階段で降りる。
これだけ大きな建物なら食堂も広いだろうと思っていたら果たして本当に広かった。

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安い。メニューも豊富だし。
自販機で食券を買い、ズラリと並ぶ配膳口へ向かうとラーメンコーナーは一番奥。
トレーを取り、食券と箸と蓮華を置いて右端に割り込ませる。
左側から順に丼が置かれ、そのスペースが空くと次の人がさりげなく左側に寄せる。
その動きが自然だったので、自分のトレーがどれだか判らなくなった。
ノーネクタイにネームカードをブラ下げた公務員は皆同じ顔に見える。
しかも醤油ラーメン食券が置かれたトレーが3つ並んでいる。
こうなるのを予め予測して、箸と蓮華を交差させて置く等の工夫が必要だ。

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醤油ラーメン(320円)
麺は固めでスープはかすかにトリガラが香ってそこそこ美味い。
生姜風味の叉焼はバラケていたが、ブツ切りのネギはしっかり歯応えがある。
半分位平らげた頃に周囲を見渡す余裕が出来た。
女性が極端に少ないのは、スイーツも食べられる17階の洒落た食堂に行っているからなのだろう。

会議中にのどが渇くのでスープは残す。残飯入れに流し込み、見よう見まねで分別の回収箱に食器類を入れ、給水器の冷水を一気に飲み干して退場。緊張した。

日ハムが馬鹿みたいに打ちまくり、ロッテが負けたのでCS進出を決めた。
それはそうと、K-1の魔裟斗。3回にダウンを喫しながら強打で挽回してドローに持ち込み、延長戦で圧倒して激闘を制した今回の試合は記憶に残る。
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