北海道教育大学スーパーウィンズ2014

11月21日。

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何の予備知識もなく聴きに行った昨年は、脳味噌を手荒く塩揉みされてしまったかような衝撃を受けたものだが、プログラムを眺めていると何となくイメージが湧いてきそうな気もする。
1年も経つと塩が馴染んで醗酵と熟成が進んだのだろうか?

第一部
三善 晃:「クロス・バイ・マーチ」(1993)
南 聡:「マーチ第1番」(委嘱新作)
田村 文生:「トルキッチュ行進曲」(委嘱新作)

第二部
伊左治 直:「満月のマルシーニャ」(委嘱新作)
山本 裕之:「控えめなマーチの作り方」(委嘱新作)
新垣 隆:「ぼくらのマーチ」(委嘱新作)
二橋 潤一:「If・・・もしも」(委嘱新作)


2曲目以降は全て演奏前に作曲者ご本人によるレクチャーがある。
(ナヴィゲーターは田村文生氏)

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総員で90名近くいたのではないだろうか。
曲によって編成が変わる。

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曲目解説には各氏による曲のコンセプトや経緯が述べられ、後半は渡部謙一准教授が締める。
ふなっしーも登場する16頁の豪華版だ。
初演を聴きながら創造の領域を探索するには格好のテキストでもある。

以下、後半より一部引用させていただくが、誤用・誤解があればどうかお赦し願いたい。

多くの人は、吹奏楽といえば真っ先にマーチを連想するだろう。
吹奏楽の発祥は十字軍遠征の時代に、軍隊の先頭で演奏しながら進んだトルコの軍楽隊だとされており、その演奏規模や力強さが中世以降の音楽界及び管楽器の構造に多大な影響を与え、19世紀後半には「マーチ王」スーザによってバンドの編成がほぼ確立された。
しかしながら現在と当時とでは編成のみならず、同じ名称であっても調性や響きが変わってしまった楽器も多く、既に消えてしまった楽器も少なくない。
演奏するには譜面の書き換えや近似楽器で済ませるしかないのだが、こうなると作品本来の持ち味・純粋性は既に失われてしまっているのではないか?

以上

それにしても、“あの”「クロス・バイ・マーチ」を最初に持ってくるというのが痺れる。
この曲を初めて聴いたのは数年前で、一般的なマーチしか知らない身には相当キツかった。ここまで逸脱して〔マーチ〕と名乗れるのかと。

以降、全て演奏前に作曲者ご本人によるレクチャー。進行役は田村文生氏。

作曲者それぞれが、マーチとの〔属性〕をどのように曲に織り込んでいるのを興味深く聴いていたのだが、やはりというか、その手法は悉く個性的で刺激的。

「控えめなマーチの作りかた」のように、作曲者による事前説明がなければ理解不能な曲が、ご本人が語られて初めて理解の入り口に立てたのは嬉しかった。
とにかく「ネタを取った酢めし」というのが秀逸で、暗くネガティブな演奏がスタートしてから1分間ほど、笑いを堪えるのに必死だった。
今回改めて感じた事だが、私のような一般聴衆には非常に有難いので今後も(事前のレクチャーを)是非続けて欲しいと思う。

Spike Jonesが今の世に居たとしても恐らくここまでやらないであろう田村文生氏の「トルキッチュ行進曲」(ウチのバンドでやってみたいが、並みのバンドではとても演奏不可能)、新垣隆氏の人柄と天才が会場の空気を一変させた「ぼくらのマーチ」・・・・残念ながら全ては書き切れないが、他の作品も全て随所でゾクッとさせられ続けた。

こうした意欲的な音楽に先入観なしで対峙していると、何時の間にか精神が解き放たれるのと同時に、ドグマに囚われている我が身に気付かされる。

会場のあちこちで〔梨汁ブシャー!!〕が炸裂していたに違いない。
〔現代曲〕に対する認識不足が邪魔して足を運ばなかった一昨年前までの自分が腹立たしい。
こうした演奏会を毎年聞ける札幌の吹奏楽ファンは幸せだ。

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この演奏会は授業の一貫して行われているもので、落ちたり音を外したりすると成績に響くそうだ。
まあそれば冗談として、ヒョロン、ギロッ、ウジャーッ、といったイメージを的確に具現化していたのには脱帽するしかない。

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最後は作曲者全員が登壇。

終了し、ロビーの出口で高校同期トランペットで現吹奏楽部の父母会代表を務めるYにバッタリ。
周囲には後輩達が何人もいて、訊くと部員の大部分が聴きに来ていたそうだ。
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2014年11月22日 | Comments(0) | Trackback(0) | 吹奏楽
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